写経80枚の膨大な課題、遺書には「卑怯者」…17歳の男子高校生が仏教系高校から謹慎処分を受け自殺していた《両親は1億円の損害賠償訴訟》

2021年12月8日、大阪市内の仏教系の私立清風高校に通う男子タカヒトくん(仮名、当時17歳の2年生)が自宅付近の団地から飛び降り、その場で死亡が確認された。2日前の期末試験でのカンニングが教師に見つかり、謹慎期間中の出来事だった。
タカヒトくんの父親は、息子の死を知った瞬間をこう語る。
「単身赴任で中部地方にいたのですが、8日の朝6時頃に妻から『息子がいない』と電話がかかってきました。試験でのカンニングが発覚して謹慎処分になったことは聞いていて落ち込んでいるのだろうとは思っていたんですが、まさか……。自殺とは思ってもいませんでした。すぐに特急などを使い、大阪の自宅へ向かい、着いたのは昼過ぎでした」
タカヒトくんの母親は自宅の付近を捜したが見つけられず、警察に連絡したという。警察が捜索を開始してまもなく、タカヒトくんは自宅から数百m離れた団地から飛び降りた姿で発見された。
「損傷していたであろう後頭部は見えない様に…」
両親は警察からの連絡を受け、警察署で状況を説明された。その際、警察官から「遺体は見ない方がいい」と言われたという。しかし反対を押し切って、遺体を見せてもらうように頼んだ。
「自分の目で見ないと、タカヒトが死んだなんてとても信じられないと思いました。遺体は霊安室ではなく、プレハブの倉庫のようなところの一角に安置されていました。目に入った瞬間に一目で息子だとわかり、しゃがみこんでしまいました。団地から投身したとは聞いていたのですが、顔などはぐちゃぐちゃになっていなかったので、妻も確認のために、傍に呼びました」
遺体と対面したときのことを父親はこう思い出す。
「息子の遺体は12月にもかかわらず、寝るときに着ていたスウェット姿の軽装でした。損傷していたであろう後頭部は見えない様に(配慮)されていました。妻はしゃがみこみ泣き叫んでいました。立ち会ってくれた警察の方が何も言わず、合掌していたのが印象的でした。妻とは『生きてるみたいに見えるのに……』と話した記憶だけはありますが、何分程度その場にいたのか、ショックが大きくて記憶が飛んでいます」
その後、タカヒトくんの両親はなんとか葬儀場を決め、学校に自殺の事実を連絡した。そして「弔問は不要」と伝えている。
タカヒトくんに一体何が起きたのだろうか。
2学期の期末試験初日の12月6日、タカヒトくんは「倫理・政経」の試験にカンニングペーパーを持ち込んだ。それに気づいた試験監督の教員がテストを中止させ、タカヒトくんを「学友会室」と呼ばれる小部屋に連れて行った。タカヒトくんはそこで、男性教師から「卑怯者」と言われるなど事情聴取と指導を受けた。
学校の報告書によればタカヒトくんが一度書いた反省文を生活指導の教師が確認し、「校長先生、副校長先生の朝礼の話、覚えているか?」と質問したという。タカヒトくんが「カンニングの話ですよね?」と答えると、教員は「絶対あかんってことと、卑怯者がやることって話やな。ちゃんと聞いていたんやな」と言ったという。
タカヒトくんはカンニングの事実を認め、「(前日の)深夜の2時ごろになって倫理・政経の試験範囲で勉強していないところがあることに気付き、その時点からでは覚えられないと思い、カンニングペーパーを作ったと答えた」(調査報告書)と言ったという。
母親は恐怖感から、タカヒトくんの手を握って…
指導の場所になったのは、「生徒指導室」の奥にある「学友会室」。棚などをのぞくと7mしかなく、タカヒトくんと教師の距離はごく近い。そんな空間で複数の教師から40分間にわたって事情聴取や指導を受けた。その後は到着した母親と一緒に学長室で20分ほどの面談があった。カンニング発生から帰宅まで4時間ほど拘束されていたという。
母親が学校からの電話を受けたのは、カンニングが発覚した直後だった。指導対象になったとだけ告げられ、「すぐに学校にきてほしい」と言われ、仕事を中断して学校に向かった。道中、母親は不安になって単身赴任中の父親に電話したが、父親も事情がわからない状況では「とりあえず行くしかない」としか言えなかった。
学校に到着した母親が学長室に案内されると、そこには男性教師5人がいて、しばらくするとタカヒトくんが別の教員に連れられ入室してきた。その際、カンニングに関する事実を告げられる間、母親は、男性教員5名に面談されるという圧迫感で恐怖感を抱いた。そのため、タカヒトくんの手を握って話を聞いていた。
このとき教師たちは処分の内容について話したが、母親が「息子は『卑怯なことをした』と言わされた感があった」と証言する一方で、報告書では「卑怯者と言わせたと認定することは困難」と見解の差が生じている。
学校からの帰り道で、タカヒトくんは校則違反を母親に謝っていた。それに体調を崩してしまった母親を気遣いながら、学校から駅に向かう途中で、父親に今回の件の内容を電話連絡した。その際、父親も電話で息子を励ました。
「息子は元気が無いので、気にしないようにと伝えました。それに下手すれば退学だったかもしれないが、退学させられなくて良かったと思うよ、と話しました。このとき、責めることは言ってないです」
学校側がしたタカヒトくんへの処分は、「カンニングが発覚した教科を含めた全科目で0点」、「家庭での謹慎8日、その間友人との連絡は禁止」というものだった。それに加えて「般若心経の写経80巻」と反省文の作成、反省日記などが課され、大学受験の際に推薦入試はできないことも決まった。
学校から帰宅するとタカヒトくんはすぐに写経を開始し、1巻目を学校の指示通りに送信した。翌7日も一日中、写経などの課題に取り組んだ。写経は「文字を間違うと訂正はできず、最初から書き直しとなる。丁寧に書けていない場合も枚数にカウントされない」という厳しいルールがあり(調査報告書)、1枚あたり1時間ほどかかったという。
夕食後もタカヒトくんは写経をしていた。母親は午前1時頃に「反省日記だけ先に書けば」「もう明日にして寝たら」と声をかけた。タカヒトくんは「もうちょっとやってから寝る」と答えている。
母親は先に休むことにしたが、このときタカヒトくんの様子に異常は感じられなかったという。しかし朝目覚めると、タカヒトくんが部屋にいないことに気がついた。
「死ぬという恐怖よりも」「周りから卑怯者と思われながら」
「タカヒトはいままで無断で外出したことはありません。部屋にいないことに気がついた妻は、携帯電話が放置されたままで、上着も置いたままなのに家の鍵がないことから明らかに『おかしい』と思い近隣を探したようです。しかし見当たらなかったので交番に連絡し、事情を説明して一緒に探してもらいました。私は妻から『タカヒトがいない!』と焦った声で電話を受けたのですが、単身赴任先だったのでどうすることもできず、ただただ連絡を待つだけでした」(父親)
しかし、タカヒトくんは遺体で発見されてしまった。その日のうちには、机の上に広げられていた課題の“写経”の下敷きの下から遺書も発見された。
《死ぬという恐怖よりも、このまま周りから卑怯者と思われながら生きていくのが怖くなってきました》
その遺書の中の「卑怯者」というワードに、父親は怒りを覚えるという。
「『卑怯者』というのは、清風高校の副校長が朝礼で『カンニングは卑怯者のすることだ』と何度か使っていた言葉です。反省文にも遺書にも『卑怯者』という言葉がありますが、学校が自己否定の言葉を無理やり言わせているということではないでしょうか。後日、第三者委員会の調査報告書でさえ、『カンニングの禁止の域を超えた一つの行為で全人格を否定するような強い決めつけを感じさせる』とし、『配慮する必要がある』としています」
もちろん両親もカンニングがルール違反であり、指導を受けること自体は当然だと認識している。しかし、教員の指導の圧迫性や、生徒に「卑怯者」という自己評価を強いることは必要以上に人格を否定する不適切な指導だったと主張している。
「息子は亡くなるまでに、謹慎期間中の課題の反省文を2日分の2枚書いていました。また、般若心経の写経80枚のうち、22枚を完成させていました。学校の圧迫指導、人格否定、過剰な謹慎期間中の課題や拘束以外に、自殺の理由がないんです」(父親)
タカヒトくんは、生前どんな子どもだったのか。
「明るい子でした。小学校のときは運動会でクラスの応援団長もして、みんなの前に立っていました。音痴でしたけど、校歌や合唱は大きな声で歌っていました。中学校での成績は中の上くらい。交友関係は広かったと思います。愛嬌がよく、お年寄りには気に入られました」
「『死にたい』とか、『逃げたい』という言葉は聞いたことがない」
小学校までは水泳や体操、空手などの習いごとも精力的に通い、中学校では美術部に所属した。好きなミュージシャンは米津玄師、高校生になってからはカバンにはライトノベルを入れ、自分でブックカバーをつけて読んでいたという。
「記憶をたどっても、今まで『死にたい』とか、『逃げたい』という言葉は聞いたことはないです」(父親)
タカヒトくんが「倫理・政経」の授業でだけカンニングペーパーを用意していたことも、両親は引っかかっているという。
タカヒトくんの死後、学校は「倫理・政経」の授業について同じクラスの生徒たちに授業についてのアンケートを遺族に了解を得ずに実施した。その中で「熱心でわかりやすい」とする声がある一方で、「意見を言っても否定されるため、意見や考えを出しにくい」「授業中に居眠りをした生徒を教室の後ろに立たせる」「口調にトゲや圧力を感じる」などの回答があったという。
後に調査報告書では、いくら居眠りをしていたとしても、生徒を立たせることは「体罰」に該当すると指摘されている。学校の校長や管理職は、そのアンケート調査までその実態を認識していなかったとまで指摘されている。
生徒指導がきっかけとなる児童生徒の自殺は「指導死」と言われている。暴力を伴わなくても、不適切指導によって児童生徒は自殺する可能性が、教員向けの基本書「生徒指導提要(改訂版)」でも指摘されている。父親は次のように主張する。
「学校のタカヒトへの指導にはいくつも落ち度があります。理由を告げずに妻を学校に呼び出し必要以上の焦燥感を持たせたこと、男性教員5人による指導面接で過剰に妻と息子に圧迫感と恐怖感を与えたこと、また『卑怯者』という言葉で息子の人格否定の感情を喚起したことです。その結果、タカヒトは救いのないほど落ち込んでいました。さらに、過剰な課題を課し、過度な拘束をしたことも疑問です」
タカヒトくんの死から4カ月後の22年3月に第三者調査委員会が設置され、11月に調査の報告書が発表された。それによると、「学校の指導内容に全く問題がなかったわけではない」と学校の落ち度を一定程度認めつつも、「倫理・政経」の担当教員の指導や副校長の話などが、生徒の自殺の原因だとの認定はできない、という結果だった。
自殺の理由については、「学校や家庭をはじめとする諸要因は絡み合って急性のうつ状態に陥り、今後の学校生活に絶望し自死に至ってしまった」としている。両親にとっては、「家庭の問題」に心あたりも無く、まして遺書にもそのような記載もなく、そもそも、委員から「家族の問題」について指摘や調査さえも受けていないとして、強い違和感をもち、激怒している。
現在両親は、学校がタカヒトくんを長時間拘束しての圧迫的な指導を行ったこと、反省文や大量の写経など大量の課題を与えたことなどが安全配慮義務に違反するとして、学校法人を相手に約1億円の損害賠償を求めている。なぜ、裁判という手段を使ったのか。
「学校の指導だけではなく、多数の問題を指摘しているのに『自死との因果関係がない』という結論を出した第三者委員会の調査結果も納得していません。私たちは委員会に対して倫理・政経の担当教員が息子に厳しいことを言ったり、同級生の前で恥をかかせたりしたのかといった本来実施すべきアンケートを調査開始段階からお願いしました。最終報告書の前に中間報告が出た時にも、再度アンケートを申し入れています。しかし『受験を迎える生徒と遺族に影響を与える』との理由で実施されず、真実が追求されていません。
また、委員長からは『(倫理・政経の教員の圧力をかけるような言動が発覚したとしても)本人は死んでいるんで分からないでしょ』との発言もありました。調査委員として言ってはいけないことだと考えています。それらを踏まえて、学校に再調査を求めましたが、真摯な対応がありませんでした。あまりにも酷い学校の対応を世に問うために、裁判で訴える決断をしました。カンニングはもちろん悪いことですが、タカヒトの人格を否定する過剰な指導、学校の管理体制に問題があったことは事実だと考えています」(同前)
(渋井 哲也)

首相、衆参同日選「ある」=不信任可決、予算否決で

石破茂首相は28日の読売テレビ番組で来夏の参院選に合わせた衆院解散・総選挙の可能性について、「これはありますよね。同時にやってはいけないというそんな決まりはない」と述べた。少数与党の下、野党が一致して内閣不信任決議案を提出すれば可決は必至。首相の発言は野党をけん制する狙いがある。
首相は不信任案が可決された場合に関し、「今まで大平内閣、中曽根内閣で衆参同日選をやった。今なら勝てるだろうということではなくて、国民に決めてもらうのが大事だ」と強調。27日の講演でも2025年度予算案が否決されたり、不信任案が可決されたりした場合、「解散はあり得る」と言及した。
通常国会は来年1月24日に召集される方向。参院選は会期延長がなければ、公職選挙法の規定で7月20日投開票の見通しだ。立憲民主党など野党が6月22日の会期末に合わせて不信任案を提出し、可決されれば、参院選とのダブル選挙となる公算が大きい。
一方、野党との政策協議次第で予算案の修正を検討する考えも示した。首相は「あらゆることを念頭に置かなければいけない。膨大な作業になるが、国会の意思がそうであるなら当然やらなければいけない」と語った。政府は予算案の年度内成立を目指すが、成立がずれ込む場合、暫定予算案を組む必要がある。
[時事通信社]

「本気だぞ」口論となった62歳姉の顔面に包丁を向けて…姉と母親の3人暮らしの56歳女をその場で逮捕「間違いありません」

27日夜、北海道苫小牧市で、62歳の姉に包丁を向けて脅迫したとして、56歳の女が逮捕されました。
暴力行為等処罰法違反の疑いで逮捕されたのは、苫小牧市栄町1丁目に住む56歳の無職の女です。
女は27日午後8時ごろ、苫小牧市栄町1丁目の住宅で、同居する62歳の姉の顔面に向けて、包丁を向けながら「本気だぞ」などと言って、脅迫した疑いが持たれています。
警察によりますと、当時女は姉と何らかの原因で口論になっていたということで、姉が「妹が刃物を持って向かって来た」と警察に通報し、駆け付けた警察官がその場で女を逮捕しました。
取り調べに対し、56歳の無職の女は「私がしたことに間違いありません」と容疑を認めているということです。
女は、被害にあった姉と母親と3人暮らしで、警察は、女が犯行に至った経緯などを詳しく調べています。

裏金実態解明の“本丸”か? 森喜朗元首相の国会招致いよいよ現実味…野党の多数決「やむなし」のムード

年の瀬のドサクサ感は否めない。東京地検特捜部は26日、政治資金規正法違反の疑いで告発された旧安倍派の裏金議員や秘書ら計65人を一斉に不起訴とした。
うち犯罪事実を認めつつ裁量で起訴を見送る「起訴猶予」は現職の簗和生、関芳弘両衆院議員と宮本周司参院議員に、元衆院議員の菅家一郎、衛藤征士郎両氏の計5人。他にも秘書ら16人も起訴猶予に。検察は悪質性が低いと判断したようだが、処分を不服として検察審査会に審査を申し立てられる可能性は十分。裏金事件は越年必至だ。
裏金議員については、こちらも臨時国会会期末のドサクサに紛れ、衆参計24人が政治倫理審査会で弁明。核心に迫る証言はゼロで裏金議員同士の認識の違いも目立った。裏金スキームはいつ、誰が、何の目的で始め、いったん廃止を決めたキックバックを誰が再開させたのか──。結局「真相」は解明されないまま、参院の政倫審は年越しである。
煮え切らない状況に野党も指をくわえているわけではない。野党6党・会派の国対委員長は23日、旧安倍派(清和会)の元会計責任者・松本淳一郎氏(政治資金規正法違反で有罪確定)の衆院予算委員会への参考人招致を求めることで一致。松本氏は自身の刑事裁判で、2022年8月の派閥幹部会合で還流再開を決めたと証言し、判決文でも事実認定された。
「政倫審で複数の旧安倍派幹部は22年8月の会合で結論は出なかったと弁明。松本氏と証言が食い違う。招致は全会一致が慣例ですが、委員長判断で多数決も認められる。衆院予算委員長は、立憲民主の安住淳氏。委員総数50人のうち野党が26人を占め、多数決も『やむなし』のムードに傾きつつある」(野党議員)
来年の通常国会で松本氏招致が実現すれば裏金派閥を長年率いた森喜朗元首相の国会招致も現実味を増す。森は清和会の中興の祖。裏金スキーム開始の事情を知っていなければおかしい立場で、実態解明の“本丸”だ。
「森氏招致を実現させなければ裏金事件への国民の怒りは収まらない。検察の判断が国民意識と乖離している以上、国民の代表機関の国会で白黒つけるべきです」(政治評論家・本澤二郎氏)
来年こそ真相究明が待たれる。

他人のカネと部署の積立金をシレッとネコババ…東京国税局30代職員への大甘処分と発覚のきっかけ

納税者からは厳しい取り立てをしながら、ネコババを繰り返していた身内の職員には「停職」の大甘処分だ。
東京国税局は23日、窃盗罪で有罪判決を受けた30代の男性国税調査官と、職場の積立金を無断で持ち出し、5年間、勤務時間中に馬券を購入していた神奈川県内の税務署に勤務する30代の男性国税徴収官を、それぞれ停職6カ月と停職3カ月の懲戒処分とした。
まず調査官は今年8月、帰宅途中のJR京浜東北線の電車内で、網棚に置いてあった現金4万円が入ったリュックサックを乗客が寝ている隙に盗んだ。さらに同月24日にも埼玉県の自宅最寄り駅のベンチで寝ていた他人のカバンを盗もうとして、警察に逮捕された。計3件の罪に問われた調査官は今月23日、懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を受け、同日、辞職した。
■「やらない方が損」
内部調査に対し、「金には困っていなかったが、自由に使える金を増やすことが目的だった。盗みを繰り返すうち、やらない方が損だと思うようになった」と話しているというから、オドロキだ。
調査官が逮捕された際、知人が代表を務める法人の申告書のコピーを所持していたことから、税務情報を無許可で持ち出していたことも発覚。納税者の情報を閲覧できるシステムを使い、申告情報を出力していた。
本人は「友人から『知人が代表を務める法人が税務調査を受けた場合のポイントを説明して欲しい』という依頼を受け、内容を確認するため、部内システムで法人の情報を検索した」と、持ち出しを認めている。調査官は法人税の調査を担当し、友人と知人からプロ野球観戦や飲食など、計約7万5000円分の接待を受けていた。
一方、神奈川県の徴収官は、所属部署の職員らの積立金から計約329万円を無断で持ち出し、その大半を馬券の購入に充てていた。発覚を免れるため、持ち出しと返金を繰り返していた。
税務署内で「徴収官が積立金を持ち出して自分の口座に入金していた」という噂が広まり、上司がヒアリングを行ったが、本人は認めなかった。そこで監察官が調査を実施。2019年1月から24年9月までスマホで計1673回、馬券を購入していたことが判明し、口座には計約3900万円の入金があった。
「原資は自身の給与と親族からの借り入れ、積立金の流用です。職員は19年以降、競馬の払戻金の確定申告5年分について、提出期限を超過させています。理由は『競馬取引はトータルで損失が生じていたので、申告が必要と思っていなかった。期限後に提出した』と話しています」(東京国税局広報広聴室)
徴収官は「バレないだろうと思った。競馬で負けて手持ちがなくなったが、購入したい気持ちを抑えられず、後で返せば問題ないと思った」と話し、現在は全額返金したという。
いずれも停職処分としたことについて、東京国税局は「人事院の懲戒処分の指針を踏まえ、総合勘案した上で、この処分としています」(広報広聴室)と説明。一般企業だったら一発でアウトだ。恐るべき国税局のモラル崩壊である。

創設者・橋下徹氏が石丸伸二氏に露骨な“抱きつき”…政界プチ再編で「維新瓦解」待ったなし?

目標に掲げていた全国政党化から逆行する日本維新の会にガラガラポンの予兆だ。創設者の橋下徹元大阪市長が維新の東京総支部「東京維新の会」に対し、いわゆる「石丸新党」との合流を提言。古巣の体たらくにイラつき、時機を見据えて一発かますとみられてきたが、年の瀬が迫る中にお見舞い。関係者は微妙な新年を迎えることになりそうだ。
■東京維新は身売りせい!
橋下氏が維新再編に向けて露骨に動き出したのは、7月に実施された東京都知事選後。次点に躍進した前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏を褒めそやし、露骨に秋波を送り始めた。それから5カ月あまり経った25日、X(旧ツイッター)で大阪地盤の維新の国会議員を猛批判。〈石丸新党も一から都議選候補者を集めるのは至難の業〉〈石丸新党は東京の維新メンバーを吸収することも一方策〉などと投稿し、東京維新に合流のススメを説いたのだ。
「要するに東京維新は石丸氏に身売りせい、ということ。西は大阪維新の会、東は『石丸新党』を軸にやっていく。よく言えば役割分担、ありていに言えばけったくそ悪い東京維新の取り潰し。橋下氏と折り合いが悪い馬場伸幸前代表や、その周辺は総選挙惨敗で引責辞任に追い込まれた。子飼いの吉村洋文府知事が代表に就き、新体制に移行した今が好機と踏んだのでしょう」(維新関係者)
石丸氏は来夏実施の都議選に向けて新党立ち上げを宣言。年明けに詳細を発表するとみられている。8月末の日刊ゲンダイの取材で維新との関係についてこう話していた。
「全然近くないし、何か握っているわけでもありません。今さら維新に入るなんて整合性が取れない。だったら新党ですよ。強烈なカリスマ性を持つ橋下さんが〈もういっぺん俺についてこい!〉って言ったら、維新からの合流はあるかもしれないですね」
アッケラカンとした発言通りの展開になっている。
ちょっと気になるのが、吉村氏の指名で国会議員団の代表になった前原誠司共同代表の存在だ。民進党を分裂させて合流した希望の党は尻すぼみ。国民民主党ではパッとせず。代表選に負けて飛び出し、教育無償化を実現する会を立ち上げてワンクッションを挟み、10月に維新に加わった。プレーヤーに災厄をもたらす桃鉄の「キングボンビー」を彷彿とさせる破壊力。ジンクス通りにいけば、維新の退潮加速は既定路線だ。プチ再編が維新瓦解に拍車をかける可能性もある。
◇ ◇ ◇
吉村洋文氏の要請を受け、共同代表に就任した前原誠司元外相。所属する党が不運をたどることから、『今の政界の壊し屋は前原だ』なんて声も。●関連記事【もっと読む】『維新が新体制発足も前原共同代表に不吉ジンクス…参院選大敗を招く“疫病神”扱いのお気の毒』もあわせてどうぞ。

大型トラックが酒気帯び運転か、はねられ男性死亡 大阪・堺

27日午後8時45分ごろ、堺市西区の交差点で青信号で横断歩道を渡っていた自転車が、右折してきた大型トラックにはねられた。大阪府警西堺署によると、自転車を運転していた会社員男性(24)は病院に搬送されたが、まもなく死亡が確認された。
トラックの運転手の呼気からは基準値以上のアルコールが検出され、同署は自動車運転処罰法違反(過失傷害)と道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで、運転手の落合登容疑者(60)を現行犯逮捕。容疑を過失致死に切り替え、詳しい状況を調べている。
落合容疑者は「自転車とぶつかり、事故を起こしたことに気が付いた」と容疑を認めている。

「性行為強要」の釈明会見に妻同席の岸和田市長は”母に助けを求める子供”。妻の発言にも違和感があるワケ

<亀山早苗の恋愛時評> 次々と報道される有名人の結婚離婚。その背景にある心理や世相とは? 夫婦関係を長年取材し『夫の不倫がどうしても許せない女たち』(朝日新聞出版)など著書多数の亀山早苗さんが読み解きます。(以下、亀山さんの寄稿) ◆「性行為強要」で訴えられた岸和田市長 大阪府岸和田市の永野耕平市長(46)が、23日、「不倫釈明会見」をおこなった。とはいえ、これはある女性からの提訴を受け、民事裁判で「和解」が成立したことを報告したものだ。 女性は2019年から1年半の間に、永野市長から何度も性行為を強要され、PTSDを発症して提訴に至った。最終的に500万円で和解したが、女性は和解などしたくはなかった、さらなる闘いに挑むには心身ともにぼろぼろだった、自ら命を絶つしかないとまで追い詰められた、悔しいとコメントを発表している。 それに対して市長は、「性被害という事実はございません。僕は自分に非があるとは思っていません」と述べた。 非があると思っていないなら、なぜ500万円を払ったのか、性被害はなかったというならなぜ相手を名誉毀損等で訴えないのか。市長への疑問は募る。 密室のことは他人にはわからない。女性は泣きながら拒絶したのに精神的暴力で抑えつけられた、異常な執着をされたと言う。ところが市長は「同意のもとだった」と言うのだから、真実はどこにあるのか判断しづらい。 ただ、前述したように同意のもとであるなら、市長は相手が嘘をついていると糾弾すればいいのに、それをしようとはしない。 ◆夫の釈明会見に妻が同席……信頼なのか使命なのか 驚かされたのは、この会見、途中から市長の妻が同席したことだ。楚々(そそ)としたタイプだが意志の強そうな女性ではある。 市長は「なぜ妻が同席したかというと、この事件は当初から夫婦で対応してきたから」だと語った。隣にいる妻は、夫と目を合わせることはなく、小声ながら、「事実じゃない報道ばかりでしたから。性被害はまったくないと思っていましたから」ときっぱりと言った。 第三者には判断できない「性加害の有無」を、なぜ妻はキッパリ否定できるのだろう。夫の言葉を鵜呑(うの)みにして信頼しているから? あるいは夫の立場を守るのが妻の宿命だから? もし性被害があったとするなら、妻の言い分はセカンドレイプに近いことになる。 そもそもなぜ、こんな会見に出てきたのか。夫のしたことは夫が自分ひとりで責任をとればいい。なのに夫に頼まれたのか、自ら夫の正義を証明しようとしたのか(前者に見えてはいたが)、公の記者会見に出てきた意図がわからない。全国に顔をさらしてまで、夫の性加害はなかったと訴える必要があったのかどうか。

明日にかけて日本海側は大雪や吹雪に警戒 帰省ラッシュに影響も

日本付近は明日29日(日)頃まで冬型の気圧配置が続き、日本海側の地域は大雪や吹雪に警戒が必要です。
年末の帰省ラッシュと重なり、日本海側を中心に交通機関に大きく影響するおそれがあります。こまめに最新の情報を確認してください。
さらに50cm以上の積雪増予想 立ち往生に警戒
日本列島周辺は西高東低の冬型の気圧配置が強まっています。上空には寒気が居座り、北日本や北陸山沿いなどでは昨日から大雪となっています。
日本海で北寄りの風と西寄りの風がぶつかることでJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)が形成されていて、北陸付近には活発な雲が次々に流れ込んでいます。特に北陸の山沿いや信越や関東北部山沿いでは、雪が強まりました。
福井県大野市の九頭竜では6時までの3時間に23cmの雪が降り、積雪が急増しました。そのほかでも1時間に5cm前後の強い降り方となったタイミングがあり、6時までの12時間に福島県只見町では31cm、新潟県十日町市では20cmも積雪が増えました。7時48分には岐阜県の一部に大雪警報が発表されました。
JPCZの位置は明日にかけてもほとんど変わらず、同じような場所で雪の強まりやすい状況が続く予想です。局地的には山沿いで1時間に10cm前後の降り方となることも考えられます。29日(日)朝までに北陸山沿いの広い範囲で30cm以上、多いところでは50cm以上も新たに雪が積もるとみています。雪の弱まっているタイミングに、複数人で雪かきや雪下ろしを行うようにしてください。
また、積雪が急増することで、峠道などでスタックすると大規模な交通障害につながります。年末年始の休暇を利用した帰省や旅行などで車を利用する方は、慣れない雪道運転となる可能性があるため、万全の準備を行ったうえで無理な運転を避けるようにしてください。屋根など高所からの落雪にも注意が必要です。
北日本日本海側は吹雪による視界不良に注意
オホーツク海で低気圧が発達し、大陸から高気圧が張り出すことで等圧線が非常に混み合い、北日本を中心に西寄りの風が強くなっています。雪の強まりに加えて、吹雪による視界不良にも注意が必要です。
雪の強まりとともに吹雪によって、高速道路では通行止めが発生してもおかしくありません。また、飛行機の運航についても、遅延や条件付き運航などの影響が出ることも考えられます。
お出かけになる際は、随時最新の天気予報と交通機関の運行情報を確認してください。
写真:ウェザーリポート(ウェザーニュースアプリからの投稿)

“見捨てられた被災地”能登で生きる 震災から1年 復興進まず“集約化”の動きも

能登半島地震からまもなく1年。復興が進まず「見捨てられた被災地」とも言われる能登で生きる決断をした家族を追いました。
震災を生き抜いた被災者を“絵”で励ます画家
今年9月、能登半島地震の被災地で開かれた展覧会。麻布に油絵の具で描かれているのは震災を生き抜いた家族の「笑顔」。愛知県田原市の画家・小林憲明さん(50)は、東日本大震災を機に被災地で生きていく家族の姿を描き続けてきた。
小林憲明さん 「被災しているのに、その中でアクションを起こして切り開いていこうという強さがあって。そういう頑張ってる人たちへの“エール”というか」
地震直後から被災地・能登へ何度も足を運び多くの家族を訪ね歩いた。
小林憲明さん 「絵というものを使っているんですけど、出会った人たちを記録していくような感じ。記録した絵をもとに家族の生き様や思いを伝えていく」
道路や水道などインフラの復旧や街の復興は進まず、崩れた家も手つかずのまま。それでもここに暮らす人々に向き合ってきた。
震災9か月前に東京から能登へ シングルファーザーと2人の息子
輪島市の杉本さん親子。絵のモデルだ。木工職人の父親・豊さん(51)と長男・和音さん(14)、次男・悠樹さん(11)の3人家族。
杉本豊さん 「ちょうど1月1日元日はここの居間に子どもたちと3人でいました。あまりの揺れなので、これだけ傾いてくるし天井は降ってくるし。一瞬死んだかもと思いました」
杉本さん親子が能登に来たのは、震災のわずか9か月前。それまでは東京で暮らしていた。妻と離婚しシングルファーザーになった後、長男の和音さんが中学に上がるタイミングで輪島市への移住を決断。
中心部の商店街に増えていた空き家の一つを買い取り、自宅兼木工品の販売店を構えた。ネット販売などで生活のめどが立ってきた矢先に起きたのがあの地震。
杉本豊さん 「見ていただくと分かるんですけど、隣の家に寄りかかっている。隣の家がなければ命がなかったかもしれないですね」
3か月が経っても公費解体のめどすら立たず、避難所生活が続いていた。
杉本豊さん 「復興はほんとに先長いですね。これだけひどいと。先が見えないぐらいの惨状ですね」
「見放されたと思っている」地元ボランティアの怒り
被災地の家族を描く小林さんにはもう一つの顔がある。それは復興ボランティア。毎月能登へ足を運び野菜や米を届け、炊き出しも行っている。小林さんは公的な支援が乏しい状況を肌で感じていた。
小林憲明さん 「こんなにボランティア頼りでいいのか。僕も渥美半島の先端に暮らしているので、同じように地震が来たら『切り捨てられるのでは』という怖さはある」
小林さんとともに活動している地元のボランティアも憤りを口にする。
能登のボランティア 田谷武博さん 「(国から)見放されてると思っている。1月2日か3日まで重機がちょっと動いてそのまま重機が置き去りになって。公費が入らないので重機が動かない。ダンプも動かないし人員も入ってこない」
今年4月、被災地復興について財務省は異例の提言を行った。
財政制度等審議会 増田寛也会長代理 「能登半島地震からの復旧復興にあたっては、地域の意向を踏まえつつ『集約的な街づくり』やインフラ整備が必要ではないか。事前防災にあたっては、地震が起こる可能性を自分事として『コンパクトシティ』を進めることが必要」
莫大な費用をかけて元通り“復興”させるより都市部への”住民集約”を優先する考え方。実際、若い世代を中心に復興をあきらめ能登を離れる人は増えていた。
能登のボランティア 田谷武博さん 「80歳90歳のじいちゃんばあちゃんが今この町だと7割がそうじゃないかな。働ける人はみんな仕事がないから(都市部へ)二次避難して向こうで働いているから。このまま潰れていくのかどうなのか。そんなところです」
能登に残るか離れるか 杉本さんの選択は…
去年、能登に移住したばかりだった杉本さんと2人の息子。11月、ようやく仮設住宅から引っ越すことに。
新しい家は同じ輪島市内。地震の後、空き家となった物件。杉本さんの選択は家族3人で「能登に住み続ける」ということだった。
地震で全壊した工房も自宅の横に再建。かかった費用は500万円。震災から1年が経とうとしている中、周囲の家は修復も解体もされず放置されたまま。移住で能登から出て行く人は増えていた。
杉本豊さん 「かなり空き家になっていて、隣も空き家、向こうも空き家」 「子どもたちには選択肢として、『東京に戻る選択もあるよ』と一応尋ねたんですけど、子どもたちは『門前が大好き。ここにずっといたい』という風に2人とも言うので、これはもうここにずっといようと決意しました」
杉本さん親子が守りたい能登の魅力
長男の和音さんが通う門前中学校。過疎化と震災で10年ほど前まで100人を超えていた全校生徒は42人に減った。
杉本さんの長男・和音さん 「こっちの学校は人数が少ないからみんなが仲いい感じ。あっち(東京)の学校だと人数が700人ぐらいいて話したことない人もいっぱいいるけど、ここの学校だと話したことない人はいないかな。未来のことは分からないけど、このあともここに居続けたいと思っています」
そんな杉本さん一家を地域の人も温かく見守っている。
輪島市の住民 「(杉本さん一家が残るのは)やっぱりうれしい。子どもたちが『能登に残りたい』と言ったのが本当にうれしかった。涙が出る」
杉本豊さん 「ここが本当に夕日がきれいで。このために東京から来たみたいなものです。晴れてるなと思ったら『きょう行こうか』とか一緒に子どもたちを連れて見に来ています。地震で海底が隆起してしまって、海があんなに遠くなってしまいましたけど、景色が変わっても夕日は変わらないです」
息子2人と、この能登で。
行政に頼らず能登を復興させようと奔走する元消防士
被災者の笑顔を描き続ける小林さんがこの日訪れたのが、能登町に住む脊戸郁弥さん(34)一家。妻、長男、長女の4人家族だ。
脊戸郁弥さん 「金沢で消防士をしてた時に東日本大震災の現場を見ているので。今回の地震が来た時に『あんな風になる』って思ってしまったんですよ」 「自宅の土台が割れて、2階に行ったら歩いてても駆け足になってしまうぐらい完全に傾いています」
自宅の1階には、インスタント食品やアルファ米、缶詰などたくさんの物資が。自分たちのためではなく、被災地で配るために全国から集めたものだ。行政の支援が行き届かない中、小規模な避難所などに配って回っていた。
脊戸郁弥さん 「こうやって能登が壊れかけているので、復興できるような手助けをしていきたい」
9月の豪雨災害でも、ボランティアチームを作って被災した家の清掃作業を行った。今は能登の未来を守ることに力を尽くしている。
現在は林業が本職の脊戸さん。ボランティアで小学校の裏山を整備し、子どもたちの遊び場を作った。自然豊かなふるさと能登を好きになってほしいという思いからだ。
「子どもたちが誇れる能登に」コンパクトシティには複雑な思いも
生まれも育ちも能登町。自然とともに生きてきた。過疎が進むこの地の復興に合理化を持ち込もうという国の政策には、複雑な思いが。
脊戸郁弥さん 「普通に人が暮らしやすく、今後も継続して生きていくという考えだと都市部に人を集めて『コンパクトシティ』じゃないけど、コミュニティを小さくしてというのがいいのかなって思うんですけど。能登の人々は文化を大切にしてきた、伝統を重んじて生きてきたので」
画家の小林さんは展示を終えた絵をモデルの家族に寄贈している。
脊戸郁弥さん 「こんな絵を描いてもらったのは初めて。いい記念になった」
4人だった家族は今5人に。11月に生まれた次男の琉禅くん。
脊戸郁弥さん 「この子たちが能登で育ったんだよって誇りを持てるような能登を作っていきたいと思います」
5人でこの土地で生きていく。
CBCテレビ「チャント!スペシャル 報道のチカラ2024」12月27日放送より