ラーメン店長自殺、遺族と和解=「山岡家」が再発防止策―東京地裁

全国にラーメン店を展開する「丸千代山岡家」(本社・札幌市)の男性店長が倒れ、その後自殺したのは長時間労働が原因だとして、遺族が同社に損害賠償を求めた訴訟は、12日までに東京地裁で和解が成立した。和解条項には健康診断のための特別休暇導入など具体的な再発防止策が盛り込まれ、遺族側は「画期的な内容」としている。
遺族側弁護士によると、男性は2015年、名古屋市の店舗で勤務中にくも膜下出血を発症。重い後遺症が残り、17年5月に50歳で自殺した。
名古屋南労働基準監督署は16年、男性が倒れる前の1カ月間の時間外労働は96時間に上ったとし、労働災害と認定。愛知労働局は19年、自殺と業務の因果関係も認めた。
遺族側は18年、9300万円の損害賠償を求めて提訴し、3月30日付で和解が成立した。同社が再発防止策として、退勤から翌日の出勤まで11時間以上の間隔を空ける「勤務間インターバル制度」や従業員が健康診断を受診できるよう特別有給休暇の導入を確約した。
丸千代山岡家は取材に「申し上げることはない」と回答した。
[時事通信社]

ワクチン接種にあたる医師が未接種「不安だが消毒徹底して臨んだ」…高齢者向け開始

新型コロナウイルスワクチンの高齢者向け優先接種が12日に始まり、医療従事者以外の一般国民へと対象が広がった。感染が急拡大している地域では、「収束のきっかけに」と期待の声が上がった。ただ、4月の供給量は限定的で、医療従事者への接種も完了していない。接種にあたる医師からは不安も漏れた。
東京都では12日、対象となる65歳以上の高齢者人口が市部で最も多い八王子市で接種が始まった。接種を終えた女性(73)は「えっ、という感じで全く痛みを感じなかった。打ってもらってよかったが、これまで通り感染防止に気を付けたい」と話した。
高齢者接種の対象は約3600万人だ。2月半ばに先行して始まった医療従事者への接種と並行して進められる。八王子市でも、診療所や薬局で働く医療従事者への接種は4月下旬以降の予定だ。未接種のまま、市内の介護老人保健施設で入所者への接種にあたった市医師会の石塚太一会長(65)は「不安はあるが、マスクや手袋を着用し、消毒を徹底して接種に臨んだ。早く医療従事者にワクチンが行き渡る仕組みを整えてほしい」と訴えた。

高齢者向けのワクチンがすべての市区町村に届くのは、今月26日からの週だ。それまでは限定的な供給となり、割り当て先の市区町村の多くはクラスター(感染集団)が多発する高齢者施設の入所者から接種を始める。
岡山市北区の「岡山済生会ライフケアセンター」では午前10時から、センター内にある有料老人ホーム「なごみ苑」の全入所者34人と職員2人への接種を開始。入所者の女性(84)は「面会が制限されていたので、接種により家族と自由に会えるようになれば」と期待した。

学術会議改革案、事実上の「ゼロ回答」 菅首相に挑戦? 任命拒否した会員候補を「連携会員」に 八幡和郎氏が緊急寄稿

日本学術会議の梶田隆章会長らが7日、井上信治科学技術担当相と会談し、会議のあり方をめぐる報告書案を提出した。学術会議は、年間約10億円もの税金が投入されながら、特定の政治勢力の影響力が強く、「軍事・防衛研究」に反対してきたことなどが報道されてきた。「民営化」や「廃止」論も浮上していたが、事実上の「ゼロ回答」だった。評論家の八幡和郎氏が緊急寄稿した。

梶田会長らは、学術会議の将来について、「(今のままの)国の組織であることが、ナショナル・アカデミーとしての役割を発揮するためには最も望ましい」と組織の根本改革を拒否する「素案」案を示したそうだ。
会員の選考過程の見直しについても、「任命拒否問題で会員の欠員がある状態での見直しには抵抗がある」としたそうで、事実上の「ゼロ回答」である。一応、「国の組織以外の形態についても検討する」と記載して、議論する余地だけは残したらしい。
一方、菅義偉首相から任命拒否された会員候補6人については、5人が首相の任命の必要がない「連携会員」や「特任連携会員」として活動するそうで、挑戦的だ。
この問題は、学術会議が本来の仕事を十分にせず、政治活動まがいにうつつを抜かし、国を守る重要な防衛研究は妨害する一方、中国などの研究には関与するなどしてきたことへの、政府の強い不満が根底にある。
学術会議が、本来期待される機能を果たすためには、分野を超えた見識を持つ知性が、自由な立場で議論し、知恵を結集しなければなるまい。
ところが、現在のアカデミズムは、狭いムラの集合体であり、選考方法の前近代制もあり、その利益代表が集まっているに過ぎない。その狭いムラでは、特定の政治勢力のオルグも容易だし、政治学や憲法学の学会の政治的色合いが、学術会議の意見になってしまう。
新型コロナウイルス対策のような、「知性の代表ならではの提案」があってしかるべき絶好の機会にあって、提言や声明は出していたようだが、多くの国民は知らない。何のための学術会議かと思う。
日本の知性を代表して「セクショナリズムの克服」の呼びかけをし、解決方法を提案すれば、学術会議の値打ちも上がろうものを惜しいことだ。
逆に、医学を中心に、狭いムラの利益と意地が優先されて、コロナ対策の足を引っ張っている。
もはや、学術会議は「民営化」か「廃止」しかないのではないか。

【沖縄が危ない!】自衛隊駐留、基地の日米共同使用は悪いことか 最も現実的な負担軽減策も 反対派は辺野古移設に対する「こじつけ」

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐり、沖縄の県紙に1月、大見出しが躍った。陸上自衛隊と米海兵隊が、移設先の米軍キャンプ・シュワブに陸自の離島防衛部隊「水陸機動団」を常駐させることで2015年、極秘合意していた-という報道だ。県紙「沖縄タイムス」と共同通信の合同取材で明らかになったという。
県紙は、「沖縄が戦場となることを前提にした軍事要塞化に反対する」(沖縄タイムス)、「水陸機動団の常駐は明らかに基地機能の強化であり、基地の永久固定化につながる」(琉球新報)と猛反発した。玉城デニー知事も「県民感情からしても認められない」と拒否を表明した。
まさに基地反対派の大合唱だが、率直に「何か変だ」と感じる。
そもそも、日米による基地の共同使用がそんなに悪いことなのか、という疑問だ。
辺野古住民で、地元の商工社交業組合会長などを務めた飯田昭弘さんは「言葉が通じない米軍よりは、自衛隊が来る方がいい。国が『中国の脅威があって移設が必要だ』ということを、辺野古に来てきちんと説明してほしい」と話す。移設容認派の市議も「自衛隊が来るなら歓迎する」と言い切る。
悲惨な沖縄戦の経験から、県民は自衛隊に対して厳しい感情を抱いていると言われ続けてきた。だが、沖縄復帰から約半世紀を経て、若い世代を中心に、自衛隊を支持する雰囲気が拡大している。
一県民としての私の肌感覚から言うと、外国の軍隊である米軍の駐留に対しては、心のどこかで納得できない気持ちが残り続ける。だが、自衛隊の駐留であれば、多くの県民は受け入れる用意がある。米軍と違い、自衛隊なら日本の法律でコントロールされるからだ。
尖閣諸島を狙う中国が沖縄に触手を伸ばす今、沖縄に一定の軍事力はどうしても必要だ。一方で県民は、米軍基地の過重負担に苦しんでいる。このジレンマを解決するには、沖縄で米軍に代わり、自衛隊の存在感をもっと高めることが必要だ。
米軍基地の日米共同利用に対し、基地反対派は「県民の負担増につながる」と主張するが、実は一般県民からすれば、これこそ最も現実的な負担軽減策である。県紙や玉城知事の言い分は、辺野古移設に反対する理由を1つでも多く増やすための「こじつけ」に過ぎない。
本土でも、三沢基地(青森県三沢市)や、岩国基地(山口県岩国市)などは、米軍と自衛隊が共同使用している。
陸自常駐報道を、菅義偉首相はすぐさま否定し、将来的な常駐の可能性も「ない」と断言した。報道の狙いが「常駐の阻止」であったなら、その目的は達成されたと言えるのかもしれない。沖縄の将来にとって残念なことである。
■仲新城誠(なかしんじょう・まこと) 1973年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、99年に地方紙「八重山日報社」に入社。2010年、同社編集長に就任。現在、同社編集主幹。同県のメディアが、イデオロギー色の強い報道を続けるなか、現場主義の中立的な取材・報道を心がけている。著書に『「軍神」を忘れた沖縄』(閣文社)、『翁長知事と沖縄メディア 「反日・親中」タッグの暴走』(産経新聞出版)、『偏向の沖縄で「第三の新聞」を発行する』(同)など。

「小泉首相も知っているはず」拉致問題のかたわらで進行していた闇深い“北朝鮮開発プロジェクト”の実態

水谷功が築いた「北朝鮮」とのゼネコン利権 仕掛け人の拉致被害者家族への“裏切り”とは から続く
一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。
彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『 泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴 』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
◇◇◇
ODA利権
04年5月22日、二度目の小泉訪朝が実現した。そこで、小泉は拉致被害者家族の帰国を取り付けた。そうして日朝双方ともに、ますます国交回復ムードが高まっていく。ピクリとも動かない今の日朝関係からすると、信じられないような展開だ。
戦後賠償を含めた発展途上国の開発援助事業は、その実、日本企業や国会議員利権の温床とされてきた。ODAなど日本政府から拠出された資金でおこなわれる開発事業は、日本側のゼネコンがその大半の工事を受注する。最終的に利益として日本企業の懐に転がり込む仕組みだ。おまけに、利益の一部が裏金化するケースも少なくない。中古重機取引を駆使した水谷建設の裏金づくりも、まさにODA絡みの資金工作である。
いきおい、各界の思惑が交錯し、立場の異なる利害関係者が、その甘い蜜に群がった。開発事業を受注したい商社や開発業者は、援助国政府とのパイプづくりのため、そこに連なる有力政治家に接近する。結果、いたるところで接待攻勢や賄賂が横行してきた。
関係者のだれもが見逃せない大事業
そんな海外の開発事業のなかで、北朝鮮のインフラ整備は、関係者にとって見逃せない大事業だ。日本と北朝鮮の国交が回復した場合、その開発事業は少なく見積もっても1兆円規模といわれる。最終的には3兆円を超える、との予測もある。いわば、日本の開発業者にとって最後に残された大規模開発援助事業といえた。
なかでも国交回復後の北朝鮮のインフラ整備は、商社やゼネコンなど日本の企業が舌なめずりしてきた事業だ。1990年9月、自民党の金丸信が訪朝したあと、北朝鮮は電話通信網が一挙に整備された。そこにNTTの回線が使用され、整備計画全体には日本の商社が深く関与してきた。インフラ整備事業で企業が受注競争に勝ち残るため、事業の先鞭をつけるべく北朝鮮とのパイプ役を探す。そこにさまざまな利権が生まれた。
日朝交渉が盛りあがっていたこの時期、北朝鮮とのパイプづくりに躍起になっていったのは小坂だけではない。大手、準大手ゼネコンの国際営業担当者が訪朝を計画し、話題になったケースもあった。
すっぱ抜かれたゼネコン10社の訪朝
04年10月19日、スーパーゼネコンの一角「大成建設」が幹事となり、ゼネコン10社が訪朝を計画する。朝鮮総連を窓口にし、北京経由で北朝鮮入りしようとするのだが、瀋陽滞在中、訪朝情報が漏れ、新聞にすっぱ抜かれるや、大騒ぎになる。訪朝団の担当者は、本社から帰国命令が下され、急きょ北朝鮮視察を中止した。騒動は、北朝鮮視察の幹事社だった大成建設に右翼活動家が発砲する事件にまで発展した。
「実は、ゼネコン数社は問題になった訪朝の前にも、大成さんを中心とした事前視察として向こうに行っていました。報道された計画より1年近く前の03年11月3日です。しかし、そのときは何の問題にもならなかった。それで、翌年の計画を立てたわけです」
訪朝団に参加した業者の1人が訪朝秘話を明かす。
「ただ、拉致被害というナーバスな問題もありましたからね。すでに被害者の方たちの帰国が予想されていたので、今度はその前に行こうとしていた。ところが、朝鮮総連を通じた北朝鮮政府の許可がなかなか下りなかったのです。それで訪朝が10月までずれ込んでしまった。タイミングとしては、最悪でした」
噴き出した国内世論の批判
02年の第一次小泉純一郎訪朝により、13人の拉致被害を認めた北朝鮮からまず5人の被害者が帰国した。だが北朝鮮政府は、残る8人については生存していない、と強硬に突っぱねる。おまけに5人の拉致被害者たちに対し、一時帰国なので北朝鮮へ戻すよう、頑なに主張してきた。しかし、被害者たちはみずから日本に残る選択をする。非常にナーバスな時期である。
あくまで日本政府は、拉致被害者の夫や子供たちの帰国を北朝鮮に要請し続けた。ようやくそれが実現したのが、04年5月22日だ。このあたりから、生存者の調査もろくにおこなわない北朝鮮に対し、くすぶり続けていた国内世論の批判が一挙に噴き出す。大成建設を団長としたゼネコンの訪朝はその真っただ中の出来事だった。それだけに、風当たりが強かったといえる。訪朝団の1人が悔やむ。
目くらましのための訪朝情報リーク
「ちょうど拉致被害者の方の帰国が実現したあと、向こうから入国のOKが出たのです。われわれの視察なんて、観光に毛の生えたようなものでした。前年にも視察しているわけだし、その前だったらさほど問題にならなかったかもしれません。それでいて、なぜわれわれだけが批判にさらされてしまったのか。考えてみると、もっと本格的な計画をしているところがあった。それらの目くらましのためにわざと訪朝情報をリークされたのではないか、とさえ疑ってしまいます」
水面下の電力使節団「錦織レポート」
あまり知られてはいないが、このころ日朝のあいだには、水面下でさまざまな動きがあった。まさに同時期、電力使節団による事業計画まで進行していたのである。
〈2004年7月 朝鮮民主主義人民共和国への電力使節団派遣記録〉
表紙にこう書かれた小冊子がある。04年6月29日から7月6日にかけて訪朝したときの紀行日誌だ。表題にあるとおり、日本の電力使節団が作成した詳細な記録である。使節団の団長は、「有限会社錦織技術事務所」代表取締役の錦織達郎という。
訪朝使節団の団長、錦織達郎は1928年生まれ。52年に東大工学部を卒業後、関西電力に入社したエリートエンジニアだ。85年に子会社の建設コンサルタント会社「ニュージェック」に天下り、長年同社の社長、会長を務めてきた。インドネシアやフィリピン、ベトナムなど、もっぱら東南アジアにおける電力開発事業に携わってきた人物であり、電力業界では、知る人ぞ知るODA開発のスペシャリストである。レポートにあるように、錦織技術事務所代表という肩書きを持ち、発展途上国を飛び歩いてきた。
ODA開発のスペシャリストによる訪朝の目的は、言うまでもない。関西電力が進める北朝鮮国内の発電所建設プロジェクトである。関係者たちは、小冊子にまとめられたくだんの訪朝日誌を「錦織レポート」と呼んだ。
02年9月の小泉電撃訪朝から2年近くが経過しようとしていた。表向き、拉致問題を中心に動いていた日朝交渉は、一進一退どころか、完全にこう着状態に陥っているかのように見えたころだ。
密かに進行していたプロジェクト
だがその実、日本企業による北朝鮮の開発プロジェクトだけが、密かに進行していたのである。しかもそれは、小坂のような得体の知れない人物の計画ではない。
くだんの「錦織レポート」の冒頭ページには、次のように書かれていた。
〈ここに至るまでの経緯としては、2000年11月と2002年11月に私(錦織達郎)が訪朝し、金進哲先生(アジア、アフリカ団結協力委員会委員長)をはじめ、関係者と共和国のインフラ整備について話し合った。
また、2001年3月に共和国の技術者4名を我が国に招聘し、大阪、神戸、東京を案内した。
こうした状況の中で、共和国からの要請もあり日本国内の窓口会社として、株式会社レインボー(その後明星に商号変更)を設立し、その役割を果たして来たが、中心になって業務を遂行していた代表取締役が体調不良となり休眠状態に陥った。その善後策について共和国と相談の結果、2002年9月新たに錦織技術研究所を設立し、インフラ整備の業務を引き継ぐことになったものである〉(原文のまま引用・以下同)〉
知られざる金正日将軍の直轄部隊
ちなみにここに登場する〈明星〉は、小坂やレインボーブリッヂとは関係ない。日本国内に設立されていた北朝鮮シンパのコンサルタント会社だ。また、在日団体の朝鮮総連傘下の企業でもない。朝鮮総連の幹部が内実を明かす。
「本国は、日本の窓口としてわれわれ在日朝鮮人組織である総連を使うように見られていますが、それとは別に動く金正日将軍の直轄部隊や企業があります。その一つがこの明星です。明星は金正日将軍様ご自身のことを指す言葉です。在日企業でありながら、将軍様を示す商号が使える。その意味については、想像がつくでしょう」
錦織はこの〈明星〉の業務を引き継ぐほど、北朝鮮政府と深い関係を築いていた。関電が進めてきた北朝鮮プロジェクトは、それと同時に北朝鮮の専制君主による指令で進められていた計画だった。
「小泉首相も知っているはずです」
プロジェクトに参加していたのは、関電の関係者ばかりではない。錦織技術事務所には、代表の錦織以下、8人の技術者や総務担当者が集結。国土交通省や日本道路公団のOBが役員を務める会社の代表者が研究員として参加し、総合商社の丸紅OBなども顧問に入っていた。かなり大がかりなプロジェクトだ。関電の取引業者が話す。
「今回のプロジェクトには大手商社や重機メーカーなども参加しています。もちろんこの動きは、小泉首相も知っているはずです」
拉致問題に対する国民感情としては、許されないかもしれない。だが、これが国交正常化を見すえたこの間の政治や企業のありようだったのである。「錦織レポート」には、次のような記載もある。
〈当社(錦織技術事務所)の設立と時を同じくして、小泉首相が訪朝する等日朝間の国交正常化に向けた大きな動きがあったものの、その後進展が見られず一進一退の状況の中で、共和国の電力事情が更に悪化していることから、当社は国交正常化後の電力関係を主体としたインフラ整備について共和国の電力・石炭工業省と打ち合わせを行なうとともに、金進哲先生にも書状で数回に亘り当方の考え方及び、取り組み状況を報告する等国交正常化後の対応について話し合いを進めて来た〉
まるで、ときの日本政府と連動しているかのような事業の進め方である。さらに、こうも記されている。
〈その後、小泉首相の第2回訪朝を機に国交正常化への機運が高まったことから、当社は共和国のインフラ整備を本格的に遂行するための基本的打ち合わせをマレーシアのクアラルンプールで実施した。
その結果をもとに共和国として最も重要かつ早期整備を必要とする電力関係について、共和国技術者と技術交流するため電力関係技術者総員8名を第1回使節団として派遣したものである〉
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(森 功/文春文庫)

水谷功が築いた「北朝鮮」とのゼネコン利権 仕掛け人の拉致被害者家族への“裏切り”とは

一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。
彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『 泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴 』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
◇◇◇
特捜部の異質な北朝鮮捜査
「カジノは、平壌ホテルから車で10分くらい走ったところにありました。夜やから、暗うてね。まわりがどうなっとるんか、ようわからへんかった。車で連れていかれたのやけど、なんや寂しい感じのところに、大きな建物がポツンと建っている。外から見たら、何の変哲もないオフィスビルみたいでした」
そう記憶をたどったのは、水谷建設と取引のある北陸の下請け業者だ。水谷功とともに北朝鮮を訪問したことがあるという。
「そうして、ビルのなかに入ると、1階はがらんどうになっとる。カジノは、ビルの地下1階にありました。案内されると、そこにはバカラやルーレット、ブラックジャックの台があった。部屋は大して広くはない。けど、まぶしいほどきれいな別世界でした。帰国してその話をすると、北朝鮮にカジノなんかあるかいな、と笑われたけど、決して夢なんかやありません」
2006年の脱税事件捜査の渦中、水谷建設と北朝鮮とのかかわりが話題になった時期がある。
水谷建設の政界工作解明に乗り出した東京地検特捜部は、このとき広範囲な家宅捜索を展開した。そのなかに異質な捜索対象があった。それがレインボーブリッヂだ。00年4月、世界宗教者平和会議日本委員会評議員だった飯坂良明が代表となり、北朝鮮に対する人道支援を目的として設立されたNGO(非政府活動組織)団体である。政官界への裏金流用を調べているはずの特捜部が、なぜそんな団体を捜索したのか。建設業界が最も驚いた捜索先だった。
NGOレインボーブリッヂといえば、代表の飯坂より、事務局長や代表代行を務めてきた小坂浩彰のほうが知られている。02年12月、茨城県日立港で座礁した北朝鮮船籍の貨物船チルソン号との関係が注目され、一挙に有名になった人物だ。小坂は工業燃料不足に苦しむ北朝鮮に対し、石油や石炭代わりの廃タイヤチップを寄付してきた。それを積み込んだまま、北朝鮮船が座礁事故を引き起こしてしまった。船から燃料の重油が流れ出し、海を汚染したものだから、小坂たちの活動が世間に知れ渡ったのである。
チルソン号が船主責任保険に加入していなかったせいで、茨城県が流出した重油の回収作業を担い、数億円の損害を被った。もとより北朝鮮側がその分の損害賠償するはずもない。それより廃タイヤチップの輸出そのものが顰蹙を買ってしまった。水谷功はその小坂とも親しかった。
日朝国交回復を睨んだパイプづくり
小坂浩彰は水谷功と同じ三重県出身だった。二人はローカルな地縁もあって知り合い、水谷が小坂に急接近した。そこから水谷も北朝鮮とのかかわりを深めていく。
脱税事件の捜査が佳境を迎えるさなかのことである。水谷功がいっときアルジェリアに身をかわしたことは 前に触れた 。一方で、
「ひょっとすると北朝鮮に亡命するのではないか」
と囁かれたほど、水谷は北朝鮮に肩入れしていた。足しげく北朝鮮に通い、かの地の政府高官とビジネスを始めた。おかげで、北朝鮮高官の間で、最も信頼できる日本の実業家の一人といわれた。水谷が北朝鮮とのパイプを築こうとした狙いは、まさに日朝の国交回復後を睨んだゼネコン利権である。水谷が北朝鮮と接点を持った時期は、もっぱら小泉純一郎政権時代のことだ。
レインボーブリッヂ・小坂浩彰の計画
02年9月17日の第一次小泉訪朝により、北朝鮮総書記の金正日が13人の日本人拉致を認めた。あのショッキングな出来事とともに、戦後長らく氷のように固まり、閉ざされていた日朝双方の交流が動き始める。この年の10月15日には、拉致被害者のうち、北朝鮮政府が生存を認めた5人の帰国が実現した。戦後途絶えてきた日朝国交交渉が急に盛んになり、両国の国交回復機運が高まっていった。
そして、国交回復後の開発利権を狙い、政官業各界のさまざまな思惑が渦巻いていく。水谷建設の水谷も、利権狙いに走りだした一人だ。北朝鮮に対する食いこみ方は、まごついていた日本の政府関係者や産業界に比べ、突出して早く深かった。
胡散臭さを承知で乗った
その水谷功が北朝鮮に爪を伸ばすにあたり、レインボーブリッヂの小坂が一定の役割を果たしている。水谷建設の狙いを解き明かす前に、やはり小坂の動きに触れなければならない。水谷功の北朝鮮におけるブレーンが話す。
「きっかけは、小坂浩彰からもたらされた話でした。レインボーブリッヂの事務局長をしていた小坂は、石油や石炭の代替燃料として使える廃タイヤチップを北朝鮮に寄付したおかげで、北の政府から絶大な信頼を得ている、との触れ込みで、水谷会長に接近してきた。建設業者にとって日本国内の公共工事は、そろそろ頭打ちになると見られていた。そんな折から、会長が小坂の話に乗ったのです。もちろんきな臭い話なのは承知のうえですが、その分を差し引いても北朝鮮には魅力がある。ゼネコン業界にとって未開の地でもあった。重機土工の業者には国内工事のライバルが多いが、向こうで足場を固めれば、独壇場になる。そのための橋頭堡を築こうと、敢えて彼に乗ったのです」
実際、レインボーブリッヂの小坂の評判はあまりよくはなかった。だが、政官界の裏工作にはそんな胡散臭さは付きものでもある。水谷はそれを熟知しているだけに、むしろ小坂の話に魅力を感じたのかもしれない。政界では、この手のいわくありげな話で、意外な関係が浮かぶことがままある。
ちなみに、小坂が最初にクローズアップされた茨城県日立港沖の輸送船座礁事件では、のちに船の積み荷の出どころも話題になる。問題の廃タイヤチップを提供していたのが、群馬県の産廃処理業者「明輪」だ。実はこの産廃業者が、小泉元首相の支援者だったと判明する。日朝の関係が微妙な折も折、この会社が小泉後援会に政治献金していたのだから、騒ぎになるのは無理もなかった。そのうえ小泉事務所の辣腕秘書、飯島勲の息子が、明輪の関係団体に籍を置いていた。
日朝交渉の狭間で怪しげな動き
北朝鮮船の座礁事件は、小泉が訪朝した3カ月後のことだ。いきおい、ときの首相と産廃業者との不可解な関係が取り沙汰され、それを仕組んだレインボーブリッヂ・小坂浩彰の存在が、ますますクローズアップされたのである。
小坂は、日朝交渉の狭間で怪しげな動きを見せる。拉致問題のシンボリックな存在である横田めぐみの娘、キム・ヘギョンに近づき、03年7月、拉致被害者の子供たちの手紙を日本に持ち帰った。そこから民放テレビをはじめ日本のマスメディアは、北朝鮮政府に話ができる人物だ、と小坂をしきりと持ちあげる。横田めぐみの父親である滋も、「家族会」の代表として小坂と会っている。だが当時、インタビューした横田滋は、小坂にあまりいい印象を抱いていなかった。
「小坂さんと最初に会ったのは、2000年7月31日でした。ある政治家から、『北朝鮮をしょっちゅう訪問していて、向こうに情報源のある人がいるので、会っておいたほうがいい』と紹介され、都内のホテルで会いました」
とこう話した。
「それから3、4回ほど会ったでしょうか。いつも小坂さんから自宅へ連絡が入るんです。最近の北朝鮮情勢を話したうえで、『拉致問題は早く決着したほうがいい』とか、『騙されたつもりでキム・へギョンさんと会ったほうがいい』とか、しきりに勧めてきました。そんなあるとき北京にいる彼から、『子供たちの写真を持って帰ります。蓮池さん、地村さん、曽我さんに個別に直接渡したいから、日程を調整してくれませんか』と電話があったのです。唐突な話なので驚きましたけど、一応、それぞれのご家族に連絡をしました。だが、妙な動きに利用されては困る。それで家族会で相談し、写真の受け渡しについては、政府を通すことにしたのです」
拉致家族の写真で会見
拉致被害者家族たちは、当時、内閣官房参与だった中山恭子や外務省審議官の斎木昭隆とともに銀座のバーで小坂と落ち合い、そこで写真を受けとった。むろん、拉致家族の写真となれば、対北朝鮮外交上の重要事項でもある。横田たちは小坂にこの件を口外しないようクギを刺した。
「ところが、わずかにその2、3日後のことです。彼が記者会見を開いた。これには驚きました。やはり、この人は信用できない、と改めて思ったものです」(横田滋)
日本鋼管による風力発電寄付計画
むろん純粋な人道支援ではないだろう。レインボーブリッヂの事務局長や代表代行という肩書きを持っていた小坂は、同時に非営利法人(NPO)「資源再利用並びに不法投棄監視センター」を運営してきた。廃タイヤチップのプレゼントは、こちらの活動の一環だ。燃料不足に喘ぐ北朝鮮では、廃タイヤチップは石炭と並ぶ火力発電所の重要燃料になってきた。その恩を売るかたわら、別の狙いがあった。小坂の動きについて、日本の公安当局者が解説してくれた。
「当時の彼は平壌に事務所を構え、そこで経済活動をしていました。最初に彼が熱を入れたのが、北朝鮮政府への風力発電施設の売り込みでしょう。日本鋼管製の発電機を南浦に設置する計画を立てていた。日本鋼管が1基あたり1億円相当の施設を寄贈する計画で、現地調査も済ませていたと聞いています。そうして日本から寄付を募るのが彼のやり方だった」
小泉純一郎政権下、日朝関係が熱くなるのに合わせ、小坂は次々と独自のプロジェクトを立案していく。その後、開発計画を日本企業に働きかけ、寄付を募るという手法だった。
仲人の元厚労大臣発言で平壌の病院建設計画
小坂は小泉内閣の厚生労働大臣とも懇意だった。三重県出身の坂口力は、小坂と同郷だ。が、それだけの仲ではない。坂口は小坂の結婚の仲人まで務めている。二人は切っても切れない間柄だといえた。坂口が顧問だった三重県内の医療法人で、小坂が事務局長を務めていた時期もある。小坂はそんな坂口との関係をうまく利用した。
「被爆者は、その住む国や地域によって格差をつくらない」
二度目の小泉訪朝から2カ月後の04年7月27日、厚労大臣だった公明党の坂口力が、閣議後の記者会見でこう話した。発言の趣旨は、戦時中に原爆被害に遭い、戦後北朝鮮に帰国した原爆被害者の救済である。北朝鮮に対する補償問題に関し、韓国内にいる原爆被害者と分け隔てなく救済する、というものだ。
小坂は、この坂口発言に歩調を合わせ、文字どおり水を得た魚のように、日朝のあいだを勢いよく泳ぐ。まずは平壌の病院建設計画だ。北朝鮮の親睦団体として活動を続けてきた「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)」の関係者が明かす。
「小坂さんは総合商社の内田洋行を事業パートナーに選んでいました。04年夏ごろから、その内田洋行とともに、日本のゼネコンへ北朝鮮国内に病院を建設する計画を持ち歩いていた。まるで、自分自身が北朝鮮の唯一の窓口であるかのように、日本企業に売り込んでいましたね」
「私が北朝鮮政府から一任されているのです」
実際、小坂から話を持ち込まれた日本のゼネコンは1社や2社ではない。小坂のセールストークはこうだったという。
「日本政府並びに坂口厚労大臣は、国交正常化に先立ち、北朝鮮在住の被爆者へ補償費として42億円を支払うべく準備しています。北朝鮮国内では、その補償費を病院の建設・運営に充てる計画であり、受注業者については私が北朝鮮政府から一任されているのです」
小坂の話した「42億円の補償費」とは、韓国の被爆者に対する政府補償に基づいて算定された金額なのだという。日本企業に対する売り込みのなかで、小坂は建設業者以外の医療機器メーカーやベッドメーカー、厨房施設業者など、事業に前向きな企業の具体名をあげ、計画実現への可能性を強調した。この病院建設を皮切りに、そこからゼネコンにダムや発電所、道路などのインフラ整備の計画も盛んに持ちかけるようになる。例によって、金銭的な寄付の要請も忘れない。あるゼネコンの担当者には、こう話したという。
「すでに両国の政府間では、国交正常化の行程ができあがっています。正常化後は、まずわが国のODA資金で、6カ所のダムと3カ所の港湾整備、さらに道路建設などをおこなう予定になっています。それらのプロジェクトを受注するためには、なにより北朝鮮政府に対する人道支援の実績が必要です。レインボーブリッヂが支援の窓口となっていますので、こちらへ寄付していただければ、それなりの実績になります」
その口車に乗り、ゼネコン業界では、いち早く前田建設工業が小坂の計画に飛びついた。大手ゼネコンの国際担当幹部が語る。
「前田建設では、専務が率先して小坂の北朝鮮プロジェクトに乗っかり、実際に現地の調査名目で資金を出している、と聞きました。なんでも発電所のボーリング調査として、億単位の調査費を支払ったそうです」
前田建設は水谷建設にとっての元請け業者である。公共工事における最も大切な事業相手だ。そしてそんな関係もあり、水谷功は小坂の話にますます前のめりになっていく。
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「小泉首相も知っているはず」拉致問題のかたわらで進行していた闇深い“北朝鮮開発プロジェクト”の実態 へ続く
(森 功/文春文庫)

よさこい祭り、規模縮小し開催へ 高知、スタジアム会場で

高知県の夏の風物詩、よさこい祭りを主催する「よさこい祭振興会」が、今年は規模を縮小して8月19、20日に高知市の「りょうまスタジアム」で開催する方針であることが12日、振興会への取材で分かった。今月末の振興会の総会で正式決定する見通し。昨年は新型コロナウイルスの影響で1954年に始まって以来、初めて4日間の全日程を中止した。
よさこい祭りは例年、市内のアーケードや商店街を会場に、「鳴子」と呼ばれる木製の打楽器を鳴らしながらチームごとに参加者が踊る。振興会は、踊り手と観客の動線の分離や検温・消毒などの感染対策ができることから同スタジアムを候補地とした。

「うかつだった」引退間際の古参富山市議 料亭で25人規模会食

40年以上にわたって富山市議を務め、4月の任期満了で引退する五本幸正市議(84)が3月26日夜、市内の料亭で25人規模の会食をしていたことが判明した。専門家による政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は大人数(5人以上)の飲食に注意を呼びかけている。五本氏は取材に対し事実関係を認め「うかつだった」と反省の意を示した。
主催者によると、会食は五本氏が約30年間会長を務めた商工団体「富山北商盛会」の総会で解散を決めた後、会の幹部らが懇親会として開いた。五本氏によると会食では飲酒せず、1時間弱で帰宅した。
会場は収容人数が100人以上で、座席の間隔は2~3メートル空けていたという。五本氏は取材に対し「総会だけだと思って参加した。感染対策も十分だったが、うかつだった」。企画した会の幹部は「会の最後なのでぜひ参加してほしかった。迷惑をかけた」と話した。
五本氏は市町村合併前の1979年から通算11期、富山市議を務めた。長く自民党会派に所属し、2016年に発覚した富山市議会政務活動費不正受給問題では政活費計約119万円をだまし取ったとして詐欺容疑で書類送検されたが不起訴処分(起訴猶予)となった。問題を機に自民党会派を離れ、近年では1人会派「不羈(ふき)」で活動。11日告示された次期市議選には立候補しなかった。【青山郁子】

菅首相、何度も言い間違い=「まん延防止」野党批判―国会

菅義偉首相は12日の衆院決算行政監視委員会で、適用地域が同日から6都府県に拡大された「まん延防止等重点措置」について、「まん延防止重点施策」などと何度も言い間違った。立憲民主党の尾辻かな子氏は「危機感が全く伝わってこない」と批判した。
首相が最初に言い誤った際、尾辻氏は「総理、まん延防止等重点措置です」と指摘し、「まん延防止等重点措置という言葉で人々は危機感を持つと思うか」と質問した。これに対し、首相は「等」を省いて4回答弁。さらに「今、まん延防止重点策を講じている」と語った。
[時事通信社]

高齢者のワクチン接種始まる=3600万人対象、5月本格化―新型コロナ

新型コロナウイルスワクチンの高齢者向け優先接種が12日、東京都八王子市など一部地域で始まった。対象は今年度中に65歳以上になる約3600万人。国内総人口の3割に当たり、政府は6月末までの完了を目指す。開始時点のワクチン数はごく一部に限られるため、本格化するのは5月上旬ごろの見通しだ。
厚生労働省などによると、12日は病院や高齢者施設など全国100カ所以上で接種が開始されたとみられる。同日午後7時時点で高齢者1139人が初回の接種を終えた。重症化リスクの高い高齢者への接種が進むことで、医療提供体制逼迫(ひっぱく)の改善につながることが期待される。
接種開始を前に、政府は5日以降、計9万7500回分の米ファイザー製ワクチンを全国に配布。供給量が限られたため、クラスター(感染者集団)が懸念される高齢者施設での「巡回接種」を優先する自治体も多く、東京都世田谷区などが特別養護老人ホームでの接種を始めた。会場を設ける集団接種や、医療機関での個別接種を開始した自治体もある。
5月2日までには全市区町村に少なくとも1箱(975回分)が行き渡る見込みで、接種の本格化は同月上旬以降になる見通し。厚労省の調査では、5月10日を接種開始予定日とする自治体が最多で、111市町村に上った。
[時事通信社]