【小沢一郎が吠える!】#2
本当にひどい改正だった。しっかりした理念も皇室に対する尊崇の念も感じられない。高市首相と別の誰かの個人的思惑で、いじくり回され、歪んだ法律にしてしまった。昔なら不敬罪だよ。万死に値する。
──7月17日に成立した改正皇室典範のことである。改正点は、①女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持②旧宮家の男系男子を養子として迎えられる。女性皇族の夫と子は一般国民とされる一方、養子の子が男子なら皇位継承権を持つことになる。
女性・女系天皇についての議論が一切ないまま、女性の皇位継承を封じた、非常に後ろ向きな改正となった。
しかし、皇祖神(天皇家の祖とされる神)は天照大神で女性だ。126代の天皇のうち10代が女性天皇で、2人は重複しているので女性は8人いる。
そもそも皇室典範は明治政府になってから定められたもので、古来、男系男子と決まっていたわけではない。国民の8割以上が女性天皇に賛成しているのに、男性のみに受け継がれるDNAがあり、男性でなければ遺伝しない、などというおかしな主張をする右翼もいて、本当にばかげた話になってしまっている。
学者の論争にもなっていることだが、16代の仁徳天皇から25代まで仁徳系が続いた後、理由はわからないがいったん、皇統は途絶えているんだ。当時は側室がいたし、子や孫がひとりもいないなんてことはあり得ないはずなんだが。26代の継体天皇は敦賀(福井県)の実力者だったとされる。つまり、25代で皇統が断絶して新しい皇室ができたという説もあるわけだ。そういう形で受け継がれてきた皇室なのだから、歴史的事実を誰も証明できない。万世一系の天皇で文句ないじゃないか。その中に女性も含まれていたのだから、男系男子に限るなんて根拠はないんだ。
武家社会だって男系男子だけでつないできたわけではなく、跡継ぎがいない時は、みな婿を取ってきた。日本は事実上、女性の社会だよ。女性の方が強く、力を持っているんだ。だから江戸時代に儒教の朱子学の力が強くなった時でさえも、大名でも旗本でも武士は婿をもらっているし、一般社会でも商人や職人は自分の子よりも優秀な弟子を婿として跡を継がせていた。だから男系男子ではないんだ。
中道が賛成したのは情けない
こんな姑息な典範改正に中道改革連合が賛成したのは情けない。野田くん(佳彦元首相)は反対してたのに、採決では賛成したんだろ。節操がないな。信念はないのか。
──野田氏は「いつの日か同志を増やした上で、本格的な典範改正の議員立法を提出したい」と、将来的な再改正に意欲を示しているが。
女性天皇を阻止するような政府案に賛成しておいて何を寝ぼけたことを言っているのか。世間に恥ずかしくないのかと言いたい。同じ政権では再改正はできないよ。自民党では無理だ。賛成してしまったから中道でもダメ。まったく違う政権で変える以外にない。
(小沢一郎/前衆議院議員 取材・構成=小塚かおる/日刊ゲンダイ)
「お母さんはどこにいますか」拉致から48年 曽我ひとみさんが語る北朝鮮での24年間の真実【曽我ひとみさん講演録①・札幌】
「念願が叶いました」初めての北海道で語り始めた
2026年7月3日金曜日。昼間にもかかわらず、札幌の会場には大勢の聴衆が集まっていました。演台に立った曽我ひとみさん(67)は、紫のジャケットに白いブラウス、胸元には青いリボンのピンをつけ、手元に書いてきた原稿を持っていました。
「本日は、平日にもかかわらずたくさんの方がこの会場に足を運んでいただき、心より感謝を申し上げます」
そう静かに語り始めた曽我さんは、「生まれて初めて北海道に来ました。一度行ってみたいなとずっと思っていたのですが、念願が叶いました」と微笑みました。
穏やかな言葉の裏に、この講演にかける思いの重さがにじんでいました。
「話がとても下手でございまして」と前置きをしながら、「書いてきたものを読ませていただきたいと思います」と述べた曽我さん。
しかし彼女の言葉は一つひとつ、会場に静かに、そして確かに届いていきました。
“拉致されてから48年、それでも問題は解決していません”
今年で帰国から24年目を迎えます。
そして、拉致されてからは48年。半世紀近い年月が経ったことになります。これだけ長い時間が過ぎたにもかかわらず、拉致問題は一向に進展が見られていません。
「親世代が元気なうちに解決を」そのスローガンを新たに掲げ、この2年余り家族会が活動してきましたが、何の成果も得られませんでした。
母を含む拉致被害者の救出のため、この先の1年が、たったの1日が、もう待てない、と訴え続けてきました。けれど現実は残酷なものです。進展のないまま、また今日を迎えてしまいました。
私の願いは、母を含む拉致被害者全員の帰国です。そのためにも、高市総理はじめ政府関係者、関係機関には早期に日朝会談の場を設け、拉致被害者全員の帰国に向けて交渉してほしいと思っています。
“思い出すのも忌まわしい日、でも決して忘れることのできない日です”
昭和53年(1978年)8月12日、土曜日の午後7時過ぎのことです。
当時、佐渡総合病院附属准看護学院の寮に住んでいた私は、週末になると必ず実家に帰っていました。その日も当然、実家に帰っていました。母はいつも通り仕事に出ており、帰宅後は家族で夕食を取りました。
翌13日はお盆を迎えるということで、母(ミヨシさん当時46歳)はお墓に供える赤飯の支度をしていました。準備をしていて足りないものがあることに気づき、買い物に出ようということになったのです。
日も暮れかかっていましたが、特に警戒することもなく、2人で近所の雑貨店まで出かけました。家からそう遠くない、400~500メートルくらいの距離でしょうか。 同じ集落内にある雑貨店で買い物をし、店を出てたわいもない世間話をしながら歩いていたのですが、後ろの方から人の足音がしてきました。特に私たちを抜き去るほどのスピードで歩いているわけではなさそうでしたが、それでも感覚が徐々に縮んでいる気配を感じました。
母と2人、後ろを振り向きました。3人の男性が歩いています。「なんだろうね、ちょっと気味が悪いな」と母と話しながら歩いていましたが、特に身構えて警戒することもなかったように思います。
家まであと100メートル足らずというところまで来た時でした。男性3人が足早に駆け寄り、私と母に襲いかかってきました。抵抗することもできず、口を塞がれ、手足を縛られ、南京袋のようなものをかぶされ、担がれて川まで連れて行かれました。
現場に着くと、男性と女性が何かを話しているのが聞こえました。日本語で話していましたが、女性の話す日本語が少し変だなと思ったのです。けれど冷静に状況を分析している場合ではありませんでした。
それから小さな船に乗せられ、沖まで連れて行かれ、別の大きな船に乗り換えました。窓もない暗い船室に押し込められていたので、外の様子を知ることはできませんでした。
自分がどうなったのか、これからどうなってしまうのか。身に起きた出来事にただ恐怖するだけで、声を殺して泣くしかありませんでした。
翌13日の夕方5時、腕にはめていた時計を見たとき、船はどこかに着いていました。甲板に出て景色を見ると、全く見たことのない寂れた感じの港でした。
日本語を話すおばさんに「ここはどこですか」と尋ねたら、「ここは北朝鮮という国だ」と言うのです。私は聞いたこともない国名に、内心驚いていました。そんな名前のところがあったんだ、今まで聞いたことないけどな、と。
“指導員に聞きました。『母はどこにいますか』と”
船を下りると車が待っていました。車の中にはとても偉そうな感じの男性が乗っていました。多分、工作員の責任者といった立場だったのではないかと思います。
その人の話では、これから列車で平壌というところに行くとのことでした。通訳を介して、私は思い切ってこの男性に聞きました。「母はどこにいますか」と。
するとこの男性は「お母さんは日本で元気に暮らしているから心配しなくてもいい」と言いました。この答えに納得したわけではなかったのですが、男性のこれ以上何も言うんじゃないという威圧感に、それ以上母のことを尋ねることはできませんでした。
途中、知らないところで一泊し、翌日の夕方駅に着き、列車に乗り込みました。列車に揺られ平壌に着いたのは15日の早朝でした。そこから招待所まで連れて行かれました。
招待所に着く前までは、本当に北朝鮮というところなんだろうかと半信半疑だったのですが、招待所の中に入って壁にかかっている2人の肖像画を見た途端、異国であることを確信しました。
この時から日本語を話すおばさんとの生活が始まりました。この女性は後に国際指名手配されたキムヨンスという工作員です。拉致を実行した犯人と私が結婚するまで一緒に暮らしていたのです。今考えてもおかしな環境にいたものです。
“あの時のめぐみさんの笑顔は、今でも忘れることはありません”
平壌の招待所で生活し始めて数日後、組織の幹部らしい人が来て「今日から別の招待所に移る」と言われ、慌ただしく引っ越すことになりました。
招待所に着くと1人の女の子がいました。彼女は笑顔で私を迎えてくれました。
その女の子は、横田めぐみさんでした。
ちょうど私の妹と同じくらいの年でした。だからなのか、それともずっと1人ぼっちだったせいなのか、彼女とはすぐに仲良くなりました。私といる時はいつもニコニコとあの可愛らしいえくぼを見せていました。
彼女との8か月の生活はそれなりに大変でしたが、それまでの孤独な生活を思えば、嫌なことを考える時間がなくなっただけでも大違いでした。
めぐみさんと2人っきりの時や夜寝静まった時など、本当に本当に小さな声で誰にも気づかれないよう注意しながら日本語で話をしました。家族のこと、友達のこと、学校のこと。また外に出る機会がある時は、ちょっと離れた場所に行って日本の歌などをこっそり歌ったりもしました。
指導員に見つかれば大目玉を食らうことは分かっていましたが、やっぱり2人とも日本が恋しかったのです。
とにかく日本に帰りたかった。毎日毎日、どうしたら日本に帰れるか、なんとかして帰れないかと考えてばかりいました。
永井豪さん、鳥山明さん殿堂入り 米漫画賞「アイズナー賞」
「コミック界のアカデミー賞」とも呼ばれる、米国の権威ある漫画賞「アイズナー賞」殿堂入りの授賞式が24日(日本時間25日)、西部サンディエゴで開かれ、漫画家の永井豪さん(80)と、2024年に死去した鳥山明さんが殿堂入りを果たした。
同賞の公式サイトによると、審査員は永井さんについて、代表作の「マジンガーZ」や「キューティーハニー」などを引き合いに「現在の米国の人気漫画のほぼ全てのジャンルが永井豪の影響を受けている」と称賛した。
鳥山さんは「Dr.スランプ」の作者などとして紹介。代表作の「ドラゴンボール」は「世界で最も人気のある漫画の一つ。西洋の国々でアニメ人気の拡大に大きく貢献した」と評価した。
殿堂入りは、受賞の35年以上前から作品を発表しているのが条件。世界的に著名なキャラクターを創造したり、漫画表現に革新を起こしたりした人に贈られる。
昨年は水木しげるさんと、ホラー漫画で知られる伊藤潤二さんが殿堂入りした。過去には手塚治虫さんや高橋留美子さんらが選ばれている。(共同)
改正皇室典範の成立から見えた、高市首相の「稚拙すぎる」国会運営/倉山満
―[言論ストロングスタイル]― 高市早苗首相は7月17日、皇族数確保策を盛り込んだ改正皇室典範の成立を受け、「幅広い賛同をいただき感謝申し上げる」と語った。だが、成立までの国会運営に手厳しい視線を向けるのが、皇室史研究家の倉山満氏だ。「高市首相の国会運営、稚拙なのだ。日本保守党と共産党を結束させる手腕、もはや才能ではないか」と、倉山氏は言い切る(以下、倉山氏による寄稿)。◆「愛子天皇の可能性など最初からゼロ」 なんとか改正皇室典範が成立した。最後の局面で政府の法案立案能力に慄然としたが、まさか潰す訳にはいかない。“戦争目的”は達した。 今ごろになって愚かなマスコミとSNSでは「なぜ愛子さまが天皇になれないのか」「男尊女卑の皇室典範」「万世一系の男系男子なんてだ。近代に作られた偽の伝統だ」などと、曲学阿世(きょくがくあせい)の御用言論人を総動員してプロパガンダを広めているが、何を言っているか意味不明である。そもそも、そんなのは陽動作戦。今回の戦いで「愛子天皇」を実現できると信じていたら、相当におめでたい。そもそも、愛子天皇の可能性など最初からゼロなのだから、本気にして踊った連中は滑稽なピエロだ。 しかし、敵の中にも利巧はいる。私は敵の黒幕の“戦争目的”は、「単なる一般人の男を皇族にすること」だと看過していた。それが実現した時点で国体の毀損なのだから、日本の歴史に一度も無い女系天皇は実現したも同じだ。その時点で少なくとも、今までの日本の歴史は何だったのかになる。 後はゆっくり嬲(なぶ)り者だ。愛子殿下をパンピーの男と結婚させ、そいつを皇族にする。子供も皇族。別に愛子天皇が実現しなくても、二人の子供が即位すれば、女系天皇になる。愛子殿下を利用して皇室を亡ぼそうとする陰謀だ。 これに対し、「皇室の話なのだから、アンケートや人気投票ではなく、先例に基づいて議論しよう」「パンピーの男を皇族にさせてはならない」と説いて回った人がいる。政界の多数は、常識論で落ち着いた。かくして陰謀は粉砕された。ざまあみろ!◆最後は中道の賛成で立法府の総意が保たれた 最後は、中道が賛成に回ってくれた。これで立法府の総意が保たれた。立法府の総意とは、全会一致ではないが、主要政党の一致である。だから衆議院第二党の中道の役割は大きい。結果、衆議院では共産党以外に反対の政党は無かった。 ただ、なぜ中道が賛成に回ってくれたのか、誰にも理解できない。ギリギリの局面で中道は妥協案を提示した。それに官邸がゼロ回答を寄こした。さすがに賛成の理由が無く、この党の尊皇派も一時は反対に回る覚悟をしたが、執行部が強引に賛成へ持っていった。小川淳也代表は苦しそうな表情だったし、階猛(しな・たけし)幹事長など泣き出さんばかりだった。
《唇を糸で縫いつけ》「痛い、痛い」と言いながら女性は自ら針を刺し正座…再逮捕された“マコ”の元恋人が語った「お仕置き」と「反省」…知人は「1年前から警察に相談」【処分保留→再逮捕】
〈《唇を糸で縫いつけ》「しゃべれないなら口なんかいらねえ、縫っちゃうよ」花柄タトゥーの“マコ”の支配に姉妹は怯え「家に行きたくない」知人は「警察がもっと早く対応してくれたら」〉から続く
茨城県古河市の住宅で、同居する42歳の女性に自らの唇を針で刺すよう迫ったとして、茨城県警は7月24日、古河市諸川の自称アルバイト従業員・櫻井政恵容疑者(50)を強要の疑いで再逮捕した。櫻井容疑者は今月6日、同じ女性に対する傷害容疑で逮捕されたものの処分保留となった。今回の再逮捕は被害女性に自傷行為を強要した疑いによるもの。
《独自・画像多数》「モテたし歌もうまかった」櫻井容疑者のエプロン姿のカラオケ熱唱画像、被害者姉妹の写真、偽ブランド品
「集英社オンライン」の取材では、事件のおよそ1年前から知人らが県警に被害を相談していたことが判明している。一方、関係者は「当時もっと踏み込んだ対応があれば被害の拡大は防げたのではないか」と振り返る。
「正座をし『痛い、痛い』と言いながら、自分で針を刺して口を糸で縫っていた」
県警の発表によると、櫻井容疑者は今年6月18日、自宅で同居する42歳の女性に対し、糸を通した針を見せながら「ほら早くしろ」などと迫り、自傷行為をしなければ危害を加えられると思わせる言動で恐怖を与え、自ら唇に針を刺して貫通させる行為を繰り返させた疑いが持たれている。容疑者は容疑を否認している。
櫻井容疑者が被害女性に自傷行為を強いる際の様子について、容疑者を知る女性は次のように証言する。
「マコ(櫻井容疑者)は家の中で激しく怒鳴り散らし、恐怖で黙り込んでしまう被害者に対して『この口、いらないよね。しゃべれないんだったら、この口なんか必要ないよね。縫っちゃうよ』と凄んでいました」
こうした状況については、櫻井容疑者の元恋人も目撃していたという。
「1か月ほど前、私が玄関のドアを開けた瞬間、目の前で被害女性(Aさん)が正座をし、『痛い、痛い』と言いながら、自分で針を刺して口を糸で縫っていました。
テーブルには血の付いたティッシュがあり、私はパニックになりました。『何をやっているんだ』と止めても、本人は『大丈夫です』と言うだけで、誰に指示されたのかは最後まで話しませんでした」
元恋人によると、櫻井容疑者は感情的になると大声で怒鳴り、「なんで分かってないの?」などと高圧的な言葉を浴びせることが日常的だったという。また、「反省」や「お仕置き」といった理由で、被害女性を庭に長時間立たせることもあったと証言する。
「過去には、ウソをついたお仕置きとして、マコ(櫻井容疑者)の指示でAさんが庭に閉め出されていました。見かねた私が『やり過ぎだよ』と言うと、マコは『言うことを聞かないから。助けたい気持ちがある』とも話していました」
さらに、櫻井容疑者を雇っていた会社の社長も、「本人が来られない時には、痩せ細った被害女性らが現場の休憩所へ交代要員として来ていた」と証言しており、被害女性らが容疑者の指示のもとで生活していた状況をうかがわせる。
「去年の時点で警察が動いてくれていれば……」
今回の強要容疑の事件が起きる約1年前、容疑者の知人らは被害女性を保護する必要があるとして、茨城県警へ相談していたという。しかし、その後の対応について知人女性は悔しさをにじませる。
「去年の春ごろ、私が危険を感じて相談した時に、警察がもっと踏み込んで動いてくれていたら、ここまで大きな事件にはならなかったと思うんです」
知人によると、当時から櫻井容疑者は被害女性らのキャッシュカードを管理し、給与を受け取るなど生活全般を管理していたという。
また、周囲の男性や同居女性から金銭を要求したり、丸刈りになった女性の動画をLINEグループに送信したりしたとされる行為についても相談していたという。
さらに知人は、同様の行為は10年以上前にも別の女性に対して行われていたと説明する。過去の事例を知っていたため、知人は再び深刻な被害が起きることを危惧し、県警に相談した。しかし「その後も状況は変わらなかった」と肩を落とす。
「後日、警察から『本人たちに話を聞いたところ、自分の意思でマコさんの家に来たと言っていた』と連絡がありました。私は『後ろで脅されて言わされているだけだ』と何度も伝えましたが、『本人がそう話している以上、介入できない』という趣旨の説明でした」
県警が当時の相談内容をどのように受け止め、どのような経緯で対応を判断したのか。今回の再逮捕を受け、その対応も含めて事件の全容解明が注目される。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
ジャングリア沖縄が開業1周年 朝から長蛇の列、500人超が入場 「大きく変わった姿を見て」【動画あり】
今帰仁村の大型テーマパーク「ジャングリア沖縄」が25日、開業1周年を迎えた。開園前から長蛇の列ができ、開園時間の午前10時を過ぎると500人以上の来場者が笑顔でゲートをくぐった。
オープニングセレモニーで運営会社ジャパンエンターテイメントの加藤健史社長は「1年間、改善を重ねながら満足度の高い体験をつくり上げてきた。大きく変わったジャングリアを見てほしい」と話した。
「国会軽視だ」野党側から批判…都構想の住民投票と統一地方選「同日実施目指す」維新・吉村代表が改めて意欲
日本維新の会の吉村代表は「副首都法案」の成立を受け、改めて都構想の住民投票と統一地方選の同日実施に意欲を示しました。
24日に参議院本会議で可決された「副首都法案」をめぐっては、野党側が特別区設置の住民投票とそれに関係する自治体選挙の同日実施を禁じる内容を盛り込むことを要求し、住民投票と自治体選挙が「重複しないよう最大限調整する」と付帯決議に明記することで与党側と合意していました。
しかし、維新の吉村代表は可決後の会見で改めて同日選への意欲を語りました。
(日本維新の会 吉村洋文代表)「最終的に投票期日を決める権限はないですけど、僕自身は目指していきます」
この発言に対し野党側からは「国会軽視だ」と批判の声が上がっています。
盗難捜査で訪れた民家に侵入、現金盗む 容疑で巡査長を書類送検、免職 兵庫県警
過去に捜査で訪れた高齢女性の民家に侵入し、現金約63万円を盗んだとして、兵庫県警監察官室は24日、但馬方面の警察署の地域部門に所属する男性巡査長(33)を住居侵入と窃盗などの疑いで神戸地検に書類送検し、懲戒免職処分とした。
監察官室によると、巡査長は令和6年8月6日、県内の90代女性の住む2階建て民家に侵入し、現金約63万円などが入ったハンドバッグ1点を窃取した。
7年5月22日、再び同じ民家に侵入しようとしたところ、網戸を落として音が鳴ったため犯行を断念。女性を訪ねて防犯指導を装いその場を立ち去ったが、女性から報告を受けた親族が不審に思い、署に相談して発覚。防犯カメラや供述から犯行を特定した。巡査長は4年5月、同じ民家で別の犯人による窃盗被害が起きた際に現場を訪れており、家の無施錠の箇所が多いことを確認していた。
大上健二監察官室長は「警察官として言語道断で厳正に処分した。県民の皆さまに深くおわび申し上げます」とコメントした。
自民内からドタバタ会期末の“元凶”維新と「手を切れ」の声続出も…高市政権「連立」に固執で行き詰まり必至
特別国会は25日が会期末。土壇場の24日は、とにかく大荒れだった。自民と連立を組む日本維新の会肝いりの「副首都」関連法案をめぐり、与野党が真っ向から対立。結局、野党の主張を与党がのんで参院本会議での採決はわずか2票差で可決・成立したものの、日程が夜遅くまでずれ込むドタバタ劇となった。
そもそも副首都法案は、維新が3度目の住民投票実施を目指す「大阪都構想」のための法整備に他ならない。野党からは「維新の党利党略」「大阪ありき」と、激しく糾弾された。自民は維新と連立を組んだばかりに、こんな“スジ悪法案”に振り回されたわけだ。
しかし高市首相にすれば維新には大恩がある。総裁選勝利直後に、公明が連立離脱。その窮地に助け舟を出してもらい、総理の座に就けたという思いが強い。ただ、その他大勢の自民議員にとっては「そんなの関係ねぇ!」だ。維新との距離感をめぐり、高市周辺と自民議員の溝は広がるばかりである。
「『副首都』法案は、あくまで維新がこだわっているだけで、多くの自民議員にとってはどうでもいい。むしろ、ここまでゴタゴタに付き合わされ、党内では『さっさと維新と手を切った方がいい』との声が、ますます大きくなっている。麻生副総裁が、国民民主党の玉木代表や榛葉幹事長と水面下で連立入りの調整を進めているだけに、維新とはサッサと連立を解消。自国連立を実現させた方がずっとマシでしょう」(自民関係者)
国民民主党への鞍替えも難航不可避
実際、これまで自民幹部は国民民主党にモーションをかけ続けているが、こちらもスンナリ合意とはいきそうにない。
「右派色が強すぎる高市さんが首相でいる限り、連立を組むのには強い忌避感があります。国旗損壊罪法は法案修正を条件に共同提出しましたが、党内からは『あれに乗るべきではなかった』との声も漏れ聞こえてきます」(国民民主の中堅議員)
また、国民民主側には自民の弱みに付け込んで自分たちを“高く売りたい”という思惑がある。そのタイミングと見計らうのが、2年後の参院選だ。2022年の参院選は、投開票日の2日前に安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、弔い合戦となり、自民が単独で改選過半数を超える圧勝。その改選となる2年後は、議席を大幅に減らす可能性もある。
「参院自民が今よりも少数与党となれば、好機到来。困窮しているタイミングで優位に立って交渉したい」(前出の国民民主中堅議員)
この調子だと国民民主との早期の連立実現は望み薄。秋波を送るほど、足元を見られるのは必至だ。一方で高市首相が、維新との連立に固執する限り、今後の国会運営もゴタゴタが続く。どう転んでも、高市政権は行き詰まるに違いない。
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高市政権と維新の暴走、デタラメぶりについては、関連記事【もっと読む】【さらに読む】などでも詳しく報じている。
東海~西日本の暑さ止まらず 5日連続「酷暑日」なら史上初
今日25日(土)は西日本から東海、関東で強い日差しが照りつけ、午前中から危険な暑さです。午後は40℃に迫る暑さになる所があり、5日連続で「酷暑日」となれば、史上初めてとなります。
東海、近畿で38℃以上の危険な暑さ
太平洋高気圧の中心は九州の南に移り、そこから西日本、東日本へ勢力を広げています。上空1500m付近で+21~24℃の暖気に引き続き覆われていて、気温の上がりやすい状況です。
早い所では8時台から気温が35℃を超え、その後も着々と上昇しています。 西~北西の風でフェーン現象が起きている東海を中心に今日も気温が高く、11時30分までの最高気温は全国で最も高い和歌山県田辺市・栗栖川で38.8℃、岐阜市や愛知県豊田市で38.3℃、名古屋市は38.0℃、東京都府中市で37.1℃を観測しています。
全国の猛暑日地点は134地点に達しています。
屋外、屋内問わず熱中症に警戒
西日本や東海は午後も夏空が続いて気温はさらに上がるとみられます。
体温を上回るような危険な暑さのエリアが拡大し、最高気温は名古屋市や三重県桑名市、岐阜県多治見市で40℃の予想です。今日、40℃を観測すれば国内で5日連続の酷暑日となり、史上初めてとなります。
熱中症の危険性を示す暑さ指数(WBGT)は西日本の各地や東海地方で最も危険なランクを示す紫色の領域が広がり、関東も一部の地域が紫色です。
気温の高い時間帯の外出はできるだけ避け、室内で過ごす場合も水分補給をこまめに行い、エアコンでしっかりと室温を調整するようにしてください。少しでも体調の異変を感じた場合は、すぐに体を冷やすような対策が必要です。